#05 – 祝・35周年 – 渡辺篤史の建もの探訪

謹賀新年

既に3月になってしまったことは、ちゃんと理解している。一応、それを理解するくらいの学力はある。

そして言い訳に聞こえるかも知れないが、決してこのブログの存在を忘れていた訳ではない。
先月から新しい現場で仕事を始め、家事と今の仕事をどうすれば上手く両立させていくことが出来るか、様々な手法で実験していたのもあり、ブログを書くことが出来なかった。ちなみに、私だけの「シンデレラ城」は少しずつではあるが、完成に向かっている。家具も日用品も少しずつ揃えられている。

しかし、悲しいことに実験費用が嵩んで、1月の食費は約6万円で、電気代が約2万円だった。「決して私が悪いのではなく、物価高騰のせい。」と、現在請求書から距離を取ってお得意の現実逃避をしている最中だが、1ヶ月にかかった食費を見て「どう考えても食べ過ぎだよな。こりゃ痩せないわ。」と反省しているところもある。そして「反省しているだけ偉い。」と合わせて自画自賛している。

ちなみに「食費6万円」の原因は、調子に乗って「つくりおき」しすぎたからである。元々、子どもの頃からものづくりが好きなのもあり、料理が楽しくて、作りまくって置きまくるのは良いが「次の日になって、前日作ったものが食べたいかと言えば、決してそうとは限らない。」ということに気が付くのがあまりにも遅かったのである。2月に入ってからは、1週間に主菜1品、副菜1品と決めて作る様にしているが、それでは結局量が足りない為、出来合いを購入したり「仕事終わりでくたびれた。」と自宅の最寄駅の改札を出てそっと呟いた後、迷うことなく一目散にファミレスに駆け込んでいる。今にも遠くの方から「救いようがない。」という声が聞こえてきそうだ。とりあえず全く痩せていないが、元気にやっている。

あとブログを書けなかった理由がもうひとつあるが、それは後日別の記事に書こうと思う。結構ヘビーな話で長くなりそうなので、それでも受け入れてくださる方は是非。正直、ヘビー過ぎて心に来ているところがある。それくらい辛い出来事があった。ちなみにたった1人しかいない私の友人が関係している。上手く文章に起こせるか分からないが、自分の心情を記録に残したいので、後日公開する。

前置きはこの辺りにして、今回はタイトルにあるテレビ番組について語ろうと思う。「渡辺篤史の『建もの探訪』」という番組をご覧になられたことのある方は数多くいるのではないか。観たことがない方は、是非観た方が良い。が、こんなに大々的にタイトルに採用したのにも関わらず、実はこの番組は20年以上観ていない。小学生の頃に毎週欠かさず観ていた番組ではあるが、では今回何故この番組について話そうとしているのか。それは、私に「世の中には『豪邸』というものが存在する。」ということを教えてくれたということと、毎週日曜日の朝限定で、私を「金持ち」の気分にさせてくれたからだ。意味が分からないと思うので、これからいろいろと思い起こしながら書き綴っていこうと思う。

最近、偶然「渡辺篤史の『建もの探訪』」が放送開始35周年を迎えたというウェブ記事を読んだ。実家に住んでいた頃から暫く地上波の番組を観ておらず、何なら地上波チューナーがない家に越してきた私は、この記事を見つけるまでこの番組の存在はすっかり忘れていたのだが、そう言えば、子どもの頃は欠かさず観ていて、その時だけ金持ちの気分にさせてくれていたことを思い出させてくれた。

私の中では、毎週日曜日の午前中は「ゴールデンタイム」だった。まず、大して興味はなかったが、某石油会社提供の「題名のない音楽会」から始まる。音楽が好きな私は、一応テレビをつけてクラシック演奏を聴きながら、これから優雅な時間を過ごす為のウォーミングアップをしていた。

その後に、かつて「りぼん」で連載していた「ママレード・ボーイ」がのアニメが始まる。三角関係に陥っている連中がイチャイチャしている様子を朝っぱらから観ながら「中学生・高校生になったら、アイスクリーム屋でアルバイトをしながら、イケメンと恋愛がしたい!」と抜かしていたのだ。ちなみに、中学・高校時代の恋愛については、また別記事に書こうと思うが、ロクな結果を得られていない。そして、高校時代はアルバイトはしなかった。部活に入っていたので、クソ暑い中、ドロドロに溶けたチョコレートアイスの様な泥の中に飛び込みながら千本ノックを受けていたので、アニメに描かれている生活とは真逆の生活だった。キラキラどころか、色々な意味で「ドロドロ」更に言えば、汗でとてつもなく酸っぱい匂いのする学生だったのである。更に言えば、特に後悔はしていないが、ママレード・ボーイに登場する男の子たちとはほど遠い連中にファースト・キスもファースト・セックスも捧げてしまった。話題として大して盛り上がらないので、話が脱線する前に今回はこの辺りにして後日書こうと思う。

ママレード・ボーイは、先述の通り当時お気に入りのアニメのひとつで、クラスの男子ともロクな会話が出来ないどころか、つかみ合い取っ組み合いボコし合いをしていた私からすると、本当にキラキラ輝いていた。そしてこのアニメの中で、私を金持ちな気分にさせてくれる場面その1が「エンディング」である。エンディングでは、海の傍のテラス?にテーブルとでっかい日よけ傘があり、テーブルの上にレモネードが置かれている映像が流れる。何の歌か忘れたが、曲が流れてエンドロールが流れて幕を閉じる。お決まりの流れなのだが、この「レモネード」が私を金持ちに思い込ませるアイテムだったのだ。

私の家では、ジュースが飲める機会はかなり限られていた。誕生日の時か、自宅の隣の洋服工場のおじちゃんとおばちゃんが自販機で「好きなジュースのボタンを押していいよ。」と言われた時だけである。日常的に手に入るものではなかった。「味噌っ歯になるから。」という理由で、長年「麦茶民族」だったのだ。なので、ママレード・ボーイのエンディングで登場するグラスに入ったレモネード(ストロー付)は、私からすると金持ちが飲むものという認識だった。そして更に、グラスの氷が溶けて、一瞬カシャっと氷がズレるあのかすかな動きも、金持ち度をぐんとアップさせる要素だった。私はそれに憧れて、グラスに氷を入れて、冷蔵庫から麦茶を取り出して注ぎ、ストローを差して何度も試したが、母親力作の麦茶は毎度キンキンに冷やされていた為、なかなか氷が溶けないのである。何度試しても氷は解けないし、何度飲み干してもレモネードの味はしなかったが、毎週必ずグラスに入った麦茶は日曜日の朝の必須アイテムだった。ストローがない時には、よく母親にキレたものである。その他メダイユや交換日記、ロボット型のボイスメモに憧れていた。貧乏な家庭では無縁だったが、アホ両親も寝ている時間帯にひとりで良い気分に浸れる大切な時間だった。

そしてその後に「渡辺篤史の『建もの探訪』」のお時間を迎える。オンボロの畳、砂壁、和式トイレ、ドアは全てボロボロの木製、「意図して、人が落下する様に設計したんじゃね?」と思わせる様な無駄に急になっている階段、玄関のドアの鍵は内側からは押し込むタイプのアレ、屋根裏には鳩の親子が住みつき、庭は虫だらけ。そんな家に住んでいた私からすれば、毎週無料で豪邸が見られるこの番組は、本当に心の癒しだった。時々ぶっ飛んでいる間取りの家も登場するのだが、それもまた個性があって良い。「私の家より、はるかにマシ。」これが頭にあると、どんな家でももはや芸術品に見えるのだ。父親が住居に全く関心がないせいで、今の家に引っ越してくるまで、つまり約40年もの間フローリングの家で暮らしたことがなかったので、マンションに住んでいる今、本当に夢の中にいるようである。建もの探訪に登場する様な住宅に暮らすことが出来たら、もう他に何もいらないかも知れない。…そんな気持ちにさせてくれる番組であった。オープニングで流れる小田和正さんの曲も好きで、iPhoneに未だに入っている。この番組は「貧乏の味方」でいてくれる番組だと思う。地上波自体暫く観られていないが、末永く続いて欲しいと切に願っている。ちなみに「はやく起きた朝は…」という早く起きちゃった主婦向けの番組も子どもながらに好きだった。あののんびりした女子会っぽい空気が好きで、良く観ていた。懐かしい。

もう少し文章を続けたいのだが、そろそろ眠くなったので、オチなしのまま終了したいと思う。ひたすら思い出を語って終わってしまったが、後日何か文章を書き足すかも知れない。以前もほんの少しだけ話したかも知れないが、家族に恵まれない分、振り返ればテレビ番組なども含め、家族以外のたくさんの人・モノに救われてきたと思う。そして今思い起こせば、学校で使う教科書よりも、漫画やアニメ、本、テレビ番組などから大切なことを教わってきた気もする。貧乏でひもじい思いをせずに「私も大きくなったら、立派で綺麗な家に住みたい!」と思われてくれて、癒しを与えてくれたのは間違いなく「渡辺篤史の『建もの探訪』」なので、感謝の気持ちを忘れずに、目の前にテレビがある時に時間帯が合えば観たいと思う。皆さんも、テレビ番組や漫画に救われた経験はないだろうか。他の人の話も聞いてみたいところだが、このブログは敢えてコメント欄を設けていない。気が向いたらメールフォームみたいなのを設けたいと思うので、それまでネタを溜めておいて欲しい。

error: Content is protected !!(右クリック&コピーできません)